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野村医院五周年
令和5年5月1日、新生・野村医院は5周年を迎えました。 野村医院は再スタート5周年を迎え、これからの目標を掲げます。野村医院は再スタート5周年を迎え、これからの目標を掲げます。 私が2018年5月1日に当院を引き継いで、5年目を迎えました。 令和の始まりと共に、新・野村医院は始まったのです。 今まで以上に、地域に根差した医療を心がけていきます。 この5年間のうち、3年間はコロナ対応に追われた月日でした。 多くの人たちに助けてもらいながら、地域の感染対策にも関わることができました。 貴重な経験となりました。 そのうえ、今年で医者になって41年目。この夏には、66歳になります。 だんだん無理が出来なくなってきましたが、 自分の身体を鍛えて、常に「余裕をもって」仕事に臨みます。 心と身体に余裕がなければ、良い医療はできませんから。 最近、ブラッシュアップしたことを、まとめておきます。 最も大切な資格である日本内科学会の総合内科専門医資格を更新しました。最も大切な資格である日本内科学会の総合内科専門医資格を更新しました。 30歳のとき、この資格を取得
2023年5月1日


山添村切幡地区で健康講座をさせていただきました
6月から活動開始した「カムカム・サロン」へ 年が明けてしまいましたが、先月(2022年12月)、切幡地区のサロン活動に招待していただいたことを報告します。 山添村では、かつて、各大字でサロン活動(一種の老人会)が盛んに行われていました。 コロナ禍が猛威を振るうようになって、一時は火が消えたようになっていましたが、 ようやく、令和4年半ばから、再開する地区が現れるようになりました。 4月にお邪魔させていただいた大塩地区に加えて、今回お招きに預かった切幡地区もそのひとつです。 6月から始めたところ、高齢者を中心に、待ってましたとばかりに、毎回30人くらいの人が集うようです。 切幡は、昔からの伝統行事が今も受け継ぎ大事にしている、素敵な里です。 たとえば、写真のような虫送りとか、「風の祈禱」「豆たわり」など。 それに加えて、小学生や幼児も多く見かけます。若い夫婦が親や祖父母たちと同居していることが分かります。 大和高原の初夏の風物詩「虫送り」(切幡地区) ま、そんな切幡地区で再開したサロンの名前は、「カムカムサロン」。...
2023年1月2日


故郷の風景画を待合室に
30年前の故郷の風景画を飾る 7月のある日、大塩のある家のご主人から、一枚の絵を見せていただいた。 4月に大塩を訪れた際に、私に見せたい絵があるとおっしゃっていたのだ。 書斎兼事務所にしていたお部屋に、長い間置かれていたその絵を見て、私は、おもわず、目を見張った。 私の生まれ育った懐かしい家が描かれていたからである。 昭和30年代はじめ、野村本家の次男だった父・和男は、母・正子と結婚して、分家して、本家の隣に自分たちの家を建てた。 赤い屋根の平屋の家だった。 私は、その家に生まれた(正確には、その家が出来上がる前に生まれたので、本家の離れに仮住まいしていたらしい)。 絵は、そんな家とともに冬の大西の風景を見事に表している。 茅葺の屋根は、おそらく、むろ(屋号)の家だ。 まだ、当時は、竹藪が今ほど茶畑を侵食していなかった。 田圃も、区画整理されて大きくなる前の状態である。 私は、迷わず、いえ、多少遠慮がちに、「野村医院に飾りたい」と進言してしまった。 嬉しそうな私を見たご主人は、親切にも「持って帰ってください」と言って下さった。...
2022年8月14日


野村医院・健康イベント 二年ぶり! 毛原廃寺ハイキング
2022年(令和4年)5月14日、溢れんばかりの新緑の中を、患者さんやご家族とともに、ハイキングしてきました。 実に、二年半ぶりの、待ちに待った野村医院の健康イベントです。 2018年の開業以来、患者さんとの交流を深め、運動の大切さを知ってもらうために、このような行事を行っています。 行先は、いずれも村内(2回は神野山、1回は布目ダム周辺)。 コロナのために、全国のすべての行事が中止・延期に追い込まれたように、野村医院の健康イベントも二年間休止。 今回、ようやくコロナ禍が下火になり、再開することが出来たのです。 午後1時半、東豊ベースに集合して入念な準備体操。 画面にはないが、皆で平岩古墳の説明を聞いているところ(観光ガイドは、奥谷和夫氏)。 この日は、直前まで小雨がぱらつき、イベント決行が危ぶまれましたが、参加者の熱意が通じたのか、後半は空模様も好転しました。患者さんとそのご家族、野村医院のスタッフやハイキングを安全に実施するために集まってくれたボランティア、総勢40余名が、午後1時半に、山添村岩屋の東豊ベース(旧・東豊小学校)に集合し
2022年6月4日


野村医院四周年
令和4年5月1日、野村医院は4周年を迎えました。 5月1日、野村医院は再スタート4周年を迎えました。5月1日、野村医院は再スタート4周年を迎えました。 曽祖父以来125年間にわたり地域医療を担ってきましたが、私が2018年5月1日に当院を引き継いで、ちょうど4年です。 令和の始まりと共に、新・野村医院は始まったのです。 私の仕事は、コロナ禍によって随分様変わりしました。 その内容は、以前のブログにも書きましたが、多くのエネルギーを予防や感染防止、そして診断治療に宛ててきました。 難しい時代において、私の医療を支えてくれる医院のスタッフや家族に感謝の言葉しかありません。 私を頼って通院して下さる患者さんにも、この場を借りて御礼を申し上げます。 また、継承した矢先から、故郷にはメガソーラー計画が持ち上がり、私はその反対運動にも力を入れています。 その結果、昨年には村会議員にも立候補し選出していただき、2足草鞋の活動が始まったのです。 まさに激動の4年間だったと言っても過言ではありません。 これからも、医療はもちろんですが、多くの人たちの力をお借
2022年5月1日


山添村大塩地区で健康講座 ~2年ぶり~
地域の老人会にて、夜間尿とコロナについて講演 令和4年(2022年)4月10日(日曜日)、村内の大塩地区で老人会が開催されました。 毎年春に高齢者の皆さんが集まって、食事をしたり余興を楽しみ親睦を深めていらっしゃったけれど、コロナ禍においては、暫く自粛されていたようです。 今春になって、ようやく流行が下火になり、全国でまん延防止等重点措置が解除されたことを受け、この地区の老人会は春の集会を再開すると決断されました。 山添村には30もの大字(おおあざ、「だいじ」ともいいます)がありますが、その先駆けとなる英断でした。 「もし4月になって状況が許せば、春の老人会を催したい。その時は、健康講座をしてもらえますか?」と、 以前から、老人会の会長さんから、お問い合わせを頂いていたので、私は喜んで引き受けさせてもらいました。 会長さんと相談して、高齢者に興味がありそうな「夜間尿」のことと、コロナのことをテーマにお話しすると計画しました。 2020年(令和2年)に伊賀市で講演して以来、2年ぶりの依頼に私はとても胸を躍らせました。 塵ひとつ落ちていない神
2022年4月25日


野村医院3周年
2021年・令和3年5月1日、野村医院は3周年を迎えました。 5月1日、野村医院は再スタート3周年を迎えました。 曽祖父以来120年以上にわたり地域医療を担ってきましたが、私が2018年5月1日に当院を引き継いで、ちょうど3年です。 これからも初心を忘れずに、山添村の地域医療を担うこと、そして、腎臓病の患者さんに少しでも安心してもらえる医療を提供していきたいと、意を新たにしております。 去年も同様のことを書きましたが、令和元年がスタート(野村医院は一周年)したとき、私は当ブログにおいて下記のように気持ちを綴りました。 『日本の内外には、難しい問題が山積しています。私たちが叡智を集め根気よく取り組めば、どんな困難も克服できると信じています。 気持ちも新たに、良い時代が迎えられるように、平和な世の中を共有できるように、懸命に生きたいと思います。』 あれから一年の間に、身近では馬尻山メガソーラー問題、そして、世界を席巻するコロナ禍が発生し、ますます困難な状況になってきましたが、今も、私はまったく同じ気持ちです。 野村医院の看護スタッフ。感染予防対
2021年5月1日


臨床雑感 救急車を呼ぶ医師の気持ち。期待と反省
♦この二年間、お世話になった救急隊員の皆様♠ 野村医院を継承して二年と数か月が経過しました。 この間に、一番お世話になったのは誰だろう? 当院のスタッフや、手伝いに来てくださる技士さんや栄養士さん、 それに、一緒にコミュニティーハウス「リンガーロンガー」を手掛けた友達や仲間、 さらに、病気のことで相談できる医療関係の旧友・元同僚や、私の専門外の病気を引き受けて下さる医療機関の方々。 ケアマネージャーさんや、訪問看護や訪問リハの人たち、村役場の健康福祉課の人たち、、、 本当にいろいろな繋がりがあり、改めて、多くの人たちに助けていただいています。 すべての関係者の皆様に御礼を申し上げます。 ************** そんななかでも今日は、「救急車と救急隊員」に特に感謝を込めてブログを書きます。 開業して、あまり想定していなかった事態の一つが、「診療中に救急要請を要する」という事態です。 つまり、体調が悪いと言って受診された患者さんが、野村医院に来てからさらに重症化して、第二次・三次救急医療に紹介するため、救急車を私が呼ぶという事態のことです。
2020年8月31日


温故知新
♦野村医院旧診療所(オールドクリニック)について、ブログを書き始めています♠ オールドクリニックのブログ・サイトに即Go!! ⇒⇒ こちらへ 曽祖父が山添村大西で医院を始めたのが明治30年(1987年)。 当初建てた旧診療所は健在で、昨年、登録有形文化財の指定を受けました。 私達は、ここをオールドクリニックの愛称で呼び、コミュニティハウスとして地域活動の拠点にしている話は、以前にも紹介させていただきました。 今年になってコロナ禍のために、こういった地域活動が制約を受けており、なかなか思い通りにはいきません。 その一方で、私は、新たな仕事に取り組み始めています。 実はこのオールドクリニックには、創設当時から昭和40年代までの、医療器具や歴代の院長たちが遺した医学資料がたくさん保存されています。 それらを、自分の分かる範囲で、調べられる範囲ではありますが、得られた情報や、野村家にまつわる関連した話題などを、少しずつブログ記事を書いています。 医学に無関係の人でも、なるべく分かり易いように書いているつもりです。 当時の、一山村における医療がどのよ
2020年8月4日


第二駐車場完成! 県道を渡らずに済みます!
4月の着工以来、3か月を要して、ようやく完成しました。 野村医院を正式に継承し2周年の記念事業として設置した念願の第二駐車場ができましたので、 どうか皆様ご利用くださいませ。 第一駐車場より若干遠くなりましたが、常時3台は置けます。 足の悪い人やご年配の方々は、第二駐車場が好ましいと思いますが、いかがでしょうか? 工事全体を寺島組(山添村・葛尾)、表面の滑り止め加工を山添塗装工芸(同・中峯山)にお願いしました。
2020年7月24日
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