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診療日誌


臨床医のバイブル「今日の治療指針2018」に執筆
今日の治療指針2018の目次 私の担当は多発性嚢胞腎です 報告が遅れましたが、医学書院の「今日の治療指針」2018年度版に、分担執筆させていただきました。 この本は、日本全国の臨床医が、自分の専門外の病気や治療のことを調べるのに重宝しているロングセラー。1959年の初版以来毎年改定され、今年は記念すべき第60版となっています。私が1957年生まれなので、同じくらいの歴史の積み重ねがある書物です。 担当したのはたった2ページですが、全国の著名な臨床家1100人と共にこの本に関われたことは、私にとって大きな喜びです。 腎臓疾患部門を取りまとめられた責任編集者の東海大学・腎内分泌代謝内科の深川雅史教授に深謝申し上げます。 (深川教授は、2024年11月に御逝去されました。この場をお借りして、ご生前のご厚情に深く感謝するとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。 全国の医師が、自分の専門外の疾患のことを調べるときに、まず手に取る重宝する本です 私に任されたのは「常染色体優性遺伝多発性嚢胞腎(のうほうじん)」という病気の治療法です。長年多発性
2018年7月25日


【雑感】 使い古しの薬袋
薬袋(やくたい)とは、お薬を入れる紙袋のことです 7月に入って、とても暑い日が続いていますが、皆様、お変わりありませんか。 この暑さで、体調を崩した年配者が何人もいらっしゃって、気を揉んでいます。 さて、今日の話は、薬袋善郎(みない・よしろう)さんのことではありません(笑)。 薬袋(やくたい)です。医院や薬局で受け取る薬を入れてある紙袋のことです。 今日は薬袋にまつわる話です デザインは時代とともに、変わってきましたが、この紙袋に入れて患者さんに薬をお渡しするスタイルはずっと昔から引き継がれてきました。 少なくとも、我が野村医院には、50年前も薬袋を使っていた形跡があります(当時の日付が入った薬袋が遺されています)。 だから戦後はずっとこの形式でお薬をお渡ししていたことは間違いないでしょう。 おそらくは、戦前も。 諸外国ではどうなっているのか知りません。 英国や米国では、錠剤やカプセルを裸で(シートではなく)処方された数だけプラスチックの容器に入れて渡しているような印象があります(処方された経験があるわけではなくて、単なる印象です)。..
2018年7月4日


野村医院附属コミュニティ・ハウス「LINGER LONGER」
6月12日に新しいコミュニティ・ハウスがスタートしました。 野村医院は、医療とともに、地域に根差した活動をこころがけています。 そのひとつが、今日の話題・コミュニティ・ハウス「LINGER LONGER」です。 明治30年(1897年)に現在の診療所から約200mほど離れたところに建てられた創設期の診療所(通称オールドクリニック)は、現在も健在です。 この木造の建物に入ると、畳敷きの待合室、高い天井、黒光りした床、気泡の混じったガラス窓の診察室という古風な雰囲気に、多くの皆様が懐かしさや親しみを感じてくださいます。一昨年リノベーションして以来、コンサートや講演会、ヨガ教室などにも活用してきました。 ある日のLINGER LONGER コミュニティ・ハウス「LINGER LONGER」は、このオールドクリニックを利用したものです。 去る6月12日から、コミュニティ・ナース研修を受けた担当者Nさんが常駐して、野村医院のコミュニティ・ハウスは始まりました。 Nさんたちが、急激に変化する地域の人々の生活を慮り、自らがこの地区にコミュニティ・ハウスを
2018年6月29日


総合内科専門医認定を更新
総合内科専門医資格とは このたび、総合内科専門医認定を更新しました。 日本内科学会が設けているいわゆる通称「内科専門医」は、内科医として様々な内科疾患(神経、血液、循環器、呼吸器、腎臓、糖尿病、消化器、膠原病・リウマチなど)を診る一定の技量や知識を有しているという資格です。 全国に約3万人の内科専門医が活躍しています(ちなみに、内科学会に所属する会員は約11万人なので、その3割弱が総合内科専門医ということになります)。 (2026年4月には、内科学会員数123,000人、専門医45,000人に増加しています。後述) 2018年資格更新した証書です 私は、天理よろづ相談所病院で総合内科研修を5年間修めた結果、1987年(昭和62年)に専門医になることができました。 専門医としては古株の部類で、認定番号は573番目。 以来30年間も専門医として仕事をさせてもらっております。 30年間も維持するって 初めて試験に合格したとき、「内科医の誇り!」みたいな気持ちがありましたが、さらに腎臓内科医としてさらに専門を深めていく過程では、内科全般の知識を維持し
2018年6月19日


往診車両「与作号」デビュー
念願の往診車両を導入しました 6月に入って、爽やかな日が続いていますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか? 野村医院は、地域医療邁進を旗印にしておりますが その大事な、頼りになる仲間がデビューしました。 往診車です! ダイハツ「アトレー」4WD・ターボエンジンですから 村内や周辺市町村の、狭い山道を通って、自宅の庭まで辿り着けます。 冬の雪道も、応需可能になりそうです。 【リアシートリフト】を装備の福祉車両です 歩行や移動が苦手な人が、この車を利用されることも想定して、 【リアシートリフト】を備えております。 往診車両はリアシートリフト装備!(自動車会社のカタログから) たとえば、 ①野村医院を受診した車椅子の患者さんのご家族に急用ができたので、私どもでご自宅にお送りする場合 ②往診先の患者さんに、移動をお願いする場合 などですね。 荷重100Kgまで対応しています。 院長(約75Kg)もリフトを体験しましたが、とてもスムースでしたよ。 ご遠慮なく、往診をお申し付けくださいませ。 名前は「与作号」!? ナンバープレートは、軽車両
2018年6月3日


初めての往診雑感
初めての往診 ~山添村のすばらしさ~ 5月某日 野村医院を継承して初めての往診でした。 診療所から約3km離れた菅生(すごう)地区のAさんを訪ねました。 菅生地区は、山添村の中でも特に、勾配のある土地に家を建て急な坂が多い地区のひとつです。 Aさんのご自宅もそんな坂の上にありました。 彼女は、ご家族の世話のおかげで、自宅でゆっくりした時間を過ごしていらっしゃいました。 とくに、お嫁さんの努力には頭が下がりました。彼女なくして、この生活も養生もあり得ない。 往診すると、いろいろなことが見えてくる。 往診に行くと、山添村には「旧家」というべき風格を備えた家、古風なお家、内部をモダンな造りに改装されているお家、まったく新しいお家、など様々です。 どこのお家でも、清潔感溢れるその情景から、上品で穏やかで静かな時間が存在していることが分かります。 片付けも掃除も苦手なうえに、日頃せかせかした生活を送っている私は、うらやましく感じることが多いです。 往診に行くと患者さんやご家族の日頃の風景が、なんとなく感じられ、情報量が一気に増えます。...
2018年5月11日


予約制と夕刻診療を導入、そのスタートでした。
待合室から、医院前の県道の風景 2018年(平成30年)5月1日、野村医院の予約制診療初日の日でした 野村医院に足を踏み入れてから診察まで、30分以上待たせることがないように、お支払いを済まされるまで、60分以内になるように、これが目標です。 私たち医院側もどうなることかと心配しておりましたが、長年通院されている患者さんにも混乱なく、スムースに対応できました。 ゴールデンウィーク中でもあり、受診者数が少なかったことが、一番大きな要因でしょうけれど、受付、診察室、お薬の準備と、スタッフ皆が協力し合って初めて可能なことです。 院長の私自身が、率先して時間厳守を心がけていかなければなりません。 今後も上手に対応できるように、皆で工夫していきます。 もちろん、予約がなくても受診は可能です。 急な病状であれば、当然のことながら、予約順番を飛ばして診察するつもりです。 また予約日時に受診できなくなった場合、電話でご一報いただけましたら、予約を変更できます。 予約がなくても、順番を考慮しながら対応させていただきます。 また、本日から夕方の診療を開始しました
2018年5月1日


壁画『百年の山河』がある診療所
中島麦さんの壁画「100年の山河」 心休まるクリニックを目指して壁画を設置 皆さんに見てもらいたいものがあります。待合室の壁画です。 2012年夏、現代作家の中島麦さんが描いて下さったものです。 当時築40年の診療所の補修改築工事では、大事なメッセージをこの建物に込めたいと考えるようになりました。 いろいろ考えているうちに、東側の内壁がまるで大きいキャンパスのようだと気がつき、壁画こそが相応しいというアイデアが浮かびました。 現代美術に詳しい弟にお願いしたところ、中島麦さんを紹介していただき、とんとん拍子に話は進みました。 中島さんは山添村の山河や田畑・茶畑をいろいろ見て感じてくださり、「山添村そのものを描いて」という私の希望にみごとに応えてくださいました。 壁画のタイトルは、『百年の山河』 私たちの山添村に、野村医院が120年続いていることをも含めて、この絵画に込めてくださったと感謝しております。 いつも待合室は混雑してご迷惑をおかけしていますが、山添村の風景を表現した壁画に皆様が多少なりともお気持ちを和らげてくださいましたら本望です。
2018年4月30日
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